LOGIN「それで、その……聞きたいことがあるんですけど」
恋〈レン〉の真剣な眼差しに、蓮司〈れんじ〉が静かにうなずく。
「うん……なんでも聞いて」
「あの、蓮司さん……工場で働いてるってことですけど、その……小説の方は……」
「……だよね」
笑顔のまま、蓮司が麦茶を口にする。
「やっぱりまだ、デビュー出来てないんでしょうか」
勇気を振り絞り、恋がその言葉を口にした。
* * *
蓮〈れん〉は子供の頃から、本を読むのが好きだった。
低学年の頃は童話や偉人の本、高学年になると歴史物を夢中になって読んでいた。 中学に入ると図書館に通い詰めるようになり、純文学から大衆文学まで、幅広く読むようになっていた。 そんな中、彼の中でひとつの夢が芽生えていった。 自分にこれほど感動を与えてくれる文学。与えられる側でなく、自分も創り出す側になりたい。そんな思いが日に日に強くなっていった。それから蓮は手帳を持ち歩くようになり、ひらめいたこと、面白いと感じたことを書き残すようになっていった。
いつか自分で物語を書くんだ。 目を輝かせて夢を語る蓮に、恋はときめいたのだった。高校に進学すると、蓮は本格的に執筆活動を始めた。
これまで集めたたくさんの言葉、たくさんの思いをまとめ上げ、二年の内に数本の小説を完成させた。完成するたびに、蓮は嬉しそうに恋に報告した。蓮の初めての読者は、いつも恋だった。
――口下手な蓮くんが、小説だとこんなに自分の思いを表現出来るんだ。
もっと知りたい、もっと蓮くんの世界を感じたい。蓮の作品に魅了された恋は、彼の創作活動を応援した。
そしてそんな励ましに、蓮の中でいつしか「作家になりたい」といった夢が生まれていったのだった。* * *
「デビュー、ね……」
蓮司が囁くようにそう言い、小さく笑った。
「蓮くんも、その……毎日頑張ってます。今書いている作品も、新人賞に出すんだって張り切ってて」
「頑張ってるんだね、10年前の僕も」
「はい。でも……10年経ってもまだ、夢は叶えられていないんでしょうか。それで蓮司さんは、働きながら書いてるのかなって」
「もう諦めたんだ」
「え……」
突き放されたような気がした。
蓮司との距離が、急に遠くなったように感じる。 蓮司に対して、怖さすら感じる。 彼の放った言葉は、恋にとってそれぐらい衝撃的なものだった。「諦めたって……どういうことですか」
「言葉通りだよ。作家になるって夢、もう捨てたんだ」
「どうして」
「今の恋ちゃんには受け止められないかもしれない。まだまだ夢を追ってる年齢だからね。未来は明るいに違いない、頑張ればきっと結果が出る、そう信じてると思う。
でもね、大人になるってことは、それがただの夢なんだって認めることでもあるんだ。いつまでも夢に溺れて、現実を見ないで生きていく……そんなことを続けていても、何も得られないんだ。 夢はあくまでも夢だと自覚して、捨てる勇気も必要なんだ。何より僕は社会人だし、自分の食い扶持は自分で稼がないといけない。 恋ちゃんが言ったように、働きながら創作している人もいるだろう。でもね、それは大変な情熱と労力を必要とするんだ。仕事をしながら続けるなんてこと、並大抵の覚悟で出来るものじゃない。僕はね、恋ちゃん。自分の限界を知ったんだ。自分には才能がない。続けていくだけの情熱も持っていない。だから諦めたんだ」蓮司の言葉。
その一つ一つが恋の胸に突き刺さっていった。――心が痛い。壊れそうだ。
私の前で夢を語っていた蓮くん。
あんなに輝いた瞳、見たことがなかった。 夢を語っている蓮くんは、本当に幸せそうだった。 その横顔にときめいた。蓮くんのことが好きなんだ、そう思い知らされた。 その蓮くんが今、無残に砕け散った夢を淡々と語っている。 優しい笑顔で。 でも、その笑顔が痛々しかった。辛かった。いつの間にか恋の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
その涙に気付くと、一気に感情が溢れてきた。 ひっく、ひっくと肩が揺れる。 蓮司がタオルを差し出し、「ありがとう、恋ちゃん」そう優しく囁く。 その言葉に、恋の感情は暴発した。「やだよ……なんで、どうして……」
タオルに顔を押し付け、肩を震わせる。
哀しみが止まらなかった。蓮司さんはきっと、いっぱい悩んだのだろう。
いっぱい泣いたんだろう。 夢に破れる人がほとんど。そんなこと、高校生の私にだって分かってる。 でも、それでも……蓮くんには叶えてほしかった。蓮くんの唯一と言っていい、自分が自分でいられる世界。それが創作の世界だった。
その世界と決別する為に、どれだけの涙を流したことだろう。 どれだけ悩み、どれだけ苦しんだことだろう。 そしてきっと、今も辛いはずだ。だって蓮司さん。もう覚えてないかも知れないけど、あなたは私にこう言ったんですよ。
夢っていうのは、ある意味呪いみたいなものなんだって。 叶うまでずっと、僕はその呪いから逃れられないんだって。だったら今、あなたの心はどうなってるんですか?
夢に破れた人間として、敗北感と罪悪感を背負ってるんじゃないんですか? なのに、なのに…… あなたは今、私を慰めてくれている。 穏やかに微笑みながら……やるせない気持ち。哀しみの感情が恋の心を支配する。
恋は何度も蓮司に、「ごめんなさい、ごめんなさい」そう言った。* * *
「……失礼しました、取り乱しまして」
落ち着きを取り戻した恋が、涙を拭きながら頭を下げた。
「僕こそごめんね。ここまで泣かれるとは思ってなかったけど、でも……嬉しかったよ。ありがとう」
そう言って笑顔を向ける蓮司に、恋はまた赤面して視線をそらした。
「それでその……蓮司さんの今の状況は理解しました。蓮司さんは今、工場で頑張ってるんですね」
「まあ、頑張ってるのは間違いないけど。でもほら、僕って不器用だろ? 中々うまくいかなくってね、苦労してるよ」
ははっと笑う蓮司の笑顔は爽やかだった。
「蓮司さん、実家を出られたんですね」
「うん。三年くらい前になるかな。親父が死んでしばらくして」
「えっ! おじさん、亡くなられたんですか!」
「ああ、うん……ほら、恋ちゃんも知ってるだろ? 親父、いつも調子が悪いって言ってて」
「そう、ですね……休みの日はいつも、家でゆっくりされてます」
「ちょうどいい。僕からも一つ質問、いいかな」
「はい、何でしょう」
「恋ちゃんはどの頃の恋ちゃんなのかな。10年前ってのは分かってるんだけど」
「あ、はい、蓮くんと付き合い出したばかりです」
厳密に言えば付き合って半年、しかも今日、初めてキスしたんです。本当ならそこまで言うべきなのかもしれないが、恥ずかしくて言えなかった。
「そっか。僕が一世一代の告白をした、その頃の恋ちゃんなんだね」
「はい……やだもう。蓮司さん、真顔でそんなこと、言わないでください」
恋が両手で顔を隠すと、蓮司は「ごめんごめん」と笑った。
「その頃ならもうすぐだね。親父はもう少ししたら検査をする。結果は胃がん、ステージ4だった」
「……」
「抗がん剤治療を受けながら頑張っていたんだけど、それから4年ほどで亡くなったんだ」
「そう……なんですね」
「まあ、ステージ4なら5年生存率が10パーセントもないらしいからね。そういう意味ではよく頑張ったと思うよ。
その後しばらく母さんと二人で暮らしていたんだけど、半年ぐらいして兄貴が戻って来てね、奥さんと一緒に住んでくれることになったんだ」「智兄〈ともにい〉、結婚されたんですか」
「うん。奥さんもいい人でね、母さんと一緒に住みたいって言ってくれたんだ。で、それを機に僕は独立、会社に近いこのアパートに引っ越したんだ」
「そうだったんですね……ほんと、色々あったんですね」
「10年だからね」
「それで蓮司さんは、ここで生活しながらお金を貯めてるんですね」
恋が照れくさそうに言った。
「私との結婚資金を貯める為に今、頑張ってくれてる」
その言葉に、蓮司はまた穏やかな笑顔を向けた。
「恋ちゃん、ごめんね」
「何がですか?」
「僕はね、いや、僕たちはね、恋ちゃん……もう付き合ってないんだ」
「ありがとう、私なんかのことを好きになってくれて……二度も告白してくれて」 食事を終えた花恋〈かれん〉が、ティーカップを見つめ、囁くように言った。「いや、それはいいんだけど……と言うか赤澤、私なんか、なんて言わないでくれよな。俺はずっと赤澤が好きだった。赤澤以上に魅力的な女性、他にいないと思ってる。赤澤を好きになったことを後悔してないし、出会えて本当によかったと思ってる。 赤澤は決して『なんか』じゃない。そんな風に自分を貶めないでくれ」「ごめんね。でも……なんでだろう、無意識の内に言っちゃうんだよね」「それは黒木のせい、なのか」「どうだろう……でもそうね。うん、そうかもしれない」「黒木と別れたのは自分のせい、そんな風に思ってるからなのか」「私は……蓮司〈れんじ〉といて楽しかったし、幸せだった。人から見ればね、変わった二人だったと思う。特にイベントもなくて、ただただありきたりの日常をぼんやり過ごしてる、それが私たちだった。 私はその時感じる温もりが好きだった。そしてそれは、蓮司と一緒だから感じれるんだって思ってた。 でも付き合いが長くなっていって、お互い少しずつストレスが積もっていった。特に何がという訳じゃなく、ただなんとなく……穏やかすぎる日常ってのも考えものだよね。 そのありきたりの幸せに、いつの間にか気付けなくなってた、そんな気がするの。だからこれは、どちらが悪いってものじゃないと思う。ただ私は、私に愛情を注いでくれた蓮司に不満を重ねていった。馬鹿よね。 だから言ったの。私なんかって」「だから、と言われても納得いかないんだけど……赤澤の心には今も黒木がいる、そのことは分かったよ」「……」「返事、聞かせてもらっていいかな」「うん……あなたはいい人だし、
「俺は恋愛というものを、よく分かってなかった。と言うか、人が他人に対して何を思うのか、それが理解出来なかった」「どういうことかな」「自分にとって一番大切なのは自分、それ以外のことに興味がなかったんだ」「でも君は、いつも周囲に気を配ってたじゃないか」「それも自分の為なんだ。自分が心地よくいられる環境を作る、その為の行動にすぎないんだ。 だから俺はいじめを許さなかった。かわいそうだとか、正義感だとか、そんな理由じゃない。人が人を貶める、そういう場所にいたくなかったんだ」「動機が何であれ、それは結果として残ってる。君に救われた人たちは皆、君に感謝してると思うよ」「それでも俺は、自分の行いを正しいと思ってなかった。根本にあるのが自分の為、利己だからだ。 でも俺は出会ってしまった。自分のことより気になってしまう、そんな人に」「……」「赤澤と出会って、俺の人生は一変した。利己を追求してた筈の俺が、気が付けばいつも赤澤のことを考えていた。自分にとって嫌なことでも、赤澤が笑顔になるならそれでいい、そんな風に思うようになっていった」「君にとっての初恋、だったんだね」「そして俺は気付いた。他人のことに興味を持っている自分に。こいつは何を考えているんだろう、今楽しいのだろうか。どうすればこいつは笑ってくれるのだろう、そんな風にな。 それは俺にとって、初めての経験だった。気が付けば、俺の世界は変わっていた。広がっていた」「そういう風に感じれる君は、やっぱりすごい人だと思う」「赤澤に感謝したよ。彼女は俺に、世界がこんなにも温かくて優しいんだと気付かせてくれた。そして俺は……赤澤に恋をした」「……」「気付いた時にはもう遅かった。何をしていても赤澤のことを考えていた。自分の人生になくてはならない存在、そんな風にさえ思った」「君みたいな人にそこまで想われて、花恋〈かれん〉は幸せだと思うよ」「でも
「感想が正しいかどうか、そんなことはどうでもいい。お前には誰にも見えていない世界が見えている、そう思ったんだ。 俺も見える人間だと思ってた。おかげでクラスでも、みんながどう思ってるか、どう望んでるのかを感じることも出来たし、それなりに信頼もされていた」「君の洞察力の深さ、誇っていいと思うよ」「でもお前には、俺が見えないものまで見えていた」「買いかぶりすぎだよ。僕にそんな能力」「いいや、あるね。現に今だって、お前はずっと考えてる筈だ。俺が何を言いたいのか、何を望んでるのか、何に悩んでるのかって」「それは……いやいや、普通のことだろ? みんなそうして相手のことを考えて、関係をいいものにしようと思って」「そう言えるお前だから、俺は勝てないと気付いたんだよ。今お前、みんなって言ったよな。でもな、黒木。人ってのは、そこまで相手のことを考えて生きてる訳じゃないんだ。どちらかといえば、どうやって自分の気持ちを伝えようか、そればかり考えてるものなんだよ」「そう……かな」「ああそうだ。それに普通の人間は、お前みたいな生き方をしてたら疲れてしまうんだよ。人のことばかり考えて、言葉の裏を探ろうとして、本心を見抜こうとして」「……」「俺と一緒に、飯を食いに行くとする」「飯……う、うん」「俺は肉が食いたいと言った。お前は蕎麦がいいと思っていた。どうする」「……肉を食べに行くと思う」「だろ? でもな、普通は自分が食べたいものを勧めるんだよ」「そうなのかな」「ああそうだ。かくいう俺もそうだからな。そしてお前は思う。蕎麦が食べたかったけど、相手が嬉しそうだからこれでよかったって」「……確かにそうかも知れない。蕎麦を食べられたとしても、僕はずっと気になっていると思う。本当にこれでよかったのか、肉にした方がよかったんじゃない
夕刻。 蓮司〈れんじ〉は近所の河川敷に来ていた。 * * * 突然の電話。「話があるんだけど、付き合ってくれないか。場所を言ってくれたらそこまで行くから」 そう言ってきたのは大橋だった。 旧友と久しぶりの再会。 だが蓮司にとって、それは余り歓迎する物ではなかった。 同窓会も欠席した。 その時も電話で話した。どうして来れないんだ、仕事か? 何なら日程を変えてもいい、そう言われたが断った。 今の自分を見てほしくない。 今の自分には、何一つ誇れるものがない。 そんな自分が、旧友たちとの再会を楽しめる筈もない。 それに花恋〈かれん〉も気を使うだろう。 クラスの誰もが、自分と付き合っていたことを知っている。 別れたとなれば、色々と聞かれるだろう。 放っておいてほしい。今は波風立たない環境で、静かに暮らしたい。蓮司の願いはそれだけだった。 しかし蓮司は今、堤防の石段に座り、川を見つめていた。 花恋の家に泊まった恋〈レン〉から言われた言葉。「花恋さん、大橋くんにまた告白されたみたいです。今日もその……会う約束をしているようです。ひょっとしたら、告白の返事をするのかもしれません」 予想は当たったようだよ、恋ちゃん。 きっと大橋くんは、けじめをつけようとしているのだろう。 どんな答えでも構わない。ただこれで自分も、少しだけ前に進めるような気がする。 花恋と別れて三年になる。 あんないい子が、三年も一人でいる。おかしな話だ。 世の男どもは、一体どこに目をつけているんだ? そう思っていた。 しかし今、ようやく想いを告げる男が現れた。 大橋くんはいい人だ。彼ならきっと、花恋のことを幸せに出来るだろう。 自分のせいで無駄にしてしまった10年。彼ならばきっと、埋め合わせて余りある幸せを与えることが出来る
「いつまでも可愛い蓮司〈れんじ〉くん、なんだよね」「……あの子は小さい頃から、本当に変わった子だった。智弘はあんなに社交的なのに、全然周囲に溶け込もうとしなくて、いつも一人だった。寂しくないの? って聞いても、『寂しくないよ。本を読んでると楽しいから』って言って」「親としては、そんな蓮司くんが心配だった」「でもあの子、本当に優しい子に育ってくれた。誰に対しても気を使っていたし、家の中でもいつも空気を読んでた。 みんなが心地よく感じれる世界を作ろうとしてた。例えそれで、自分が傷つくことになるとしても」「そうね。蓮司くん、本当に優しいから。だから私も、花恋〈かれん〉と仲良くしてくれて嬉しかった」「私だってそうよ。恋〈レン〉ちゃん、そんな蓮司といつも一緒にいてくれて……私ね、小さい頃に言ったことがあるの。『蓮司のことをよろしくね』って。恋ちゃんも真面目な子だから、私の言葉をずっと守ってくれてるのかなって思ってた」「まぁちゃん、それは深読みしすぎ。子供がそんなこと、いちいち覚えてる訳ないでしょ。仮に覚えていたとしても、思春期に入っちゃったらそんな約束、反故にするに決まってるじゃない」「でも恋ちゃんは違った。どちらかって言ったら、蓮司の方が恥ずかしがって逃げてた。中学に入ってからも、家で一緒に宿題したりしてくれてたし」「もうあの頃には花恋、蓮司くんを好きだったんだと思う」「でも蓮司、あの頃学校でいじめを受けてて」「そうね……いじめって、どうしてなくならないのかしら」「世の中、臆病な人ばかりだから」「……」「みんな怖がってる。人に誇れるものがない、そんな自分はこの世界で価値がない。思春期の子供なんだから、特にそう思うんだと思う。 だから自分より弱い者を見つけて攻撃する。攻撃することで、自分がその人より強いことを誇示しようとする。自分の方が価値がある、そう自分に言い聞かせる。そして蓮司みたいに社交性のない人間
「ほんっと、私って馬鹿だ」 そう言ってうなだれる恋〈レン〉を見て、蓮〈れん〉は苦笑した。「なんで出る時間、確認しなかったかな」 * * * 蓮司〈れんじ〉と花恋〈かれん〉。二人をまた付き合わせる。 そう決めた恋は、蓮を連れて花恋の家に向かった。 説得するなら花恋さんからだ。自分のことは自分が一番分かっている。 それに今は蓮くんも一緒。花恋さんだって、蓮くんを見れば気持ちが動く筈だ。 だって私なんだから。 蓮司さんには意固地になっても、蓮くんの話なら聞ける筈だ。 早くしないと花恋さん、今日大橋くんと会うって言ってた。昨日の様子だと、ひょっとしたら告白を受けてしまうかもしれない。 そうなったらもう、どうすることも出来ない。 大橋くんには申し訳ないけど、私は蓮くんと同じ未来を生きていきたい。 そう思い花恋の家へと戻ったのだが、肝心の花恋は既にいなかった。 玄関先で頭を抱え、恨めしそうに恋がつぶやく。「……私ってばさ、いつも肝心な時にこうなんだよね。詰めが甘いって言うか」「そういう所、確かにあるかもね」「ひどーい。こういう時はちゃんと慰めてよー」「ごめんごめん。それで? 花恋さん、どこで会うって言ってたのかな。今から行けば、まだ間に合うかも」「……聞いてませんです、はい」「なるほど。流石は恋だね」「ううっ……自分のことながら情けない」「まあ、行っちゃったものは仕方ないよ。終わったことを悔いるより、次の手を考えた方がいいと思う」「こうなっちゃうと、蓮くんの方がポジティブになるって言うか、ほんと……蓮くんのそういうところ、私も見習わないとね」「僕は僕に出来ることを考えるだけだよ。先に説得したかった花恋さんはいなかった。ひょっとしたら花恋さん、大橋くんの告白を







